見えにくくても、見えなくても野球は出来る!
グランドソフトボール(盲人野球)について
グランドソフトボールは視覚障害者の野球です。「転がしソフトボール」という呼ばれ方をすることもあります。ハンドボールと似たようなボールを使用し、中に鈴などは入っていません。
視覚障害のある選手が1チーム10人で競技をします。男女の区分はありません。<<10人のプレーヤーのうち4人以上は全盲の選手、その他は弱視(大会により晴眼者も可能)の選手>>です。
全盲選手は、アイシェード(目隠し)をすることになっていますので弱視者や晴眼者でもアイシェードをすることによって全盲選手としてプレーすることも可能です。
なぜ全盲選手まで目隠しをするかというと、中には「見えているのでは?」と思われるほどすごいプレーをする選手がいるため、「見えていません」ということを示すために目隠しをすることになっています。
投手は全盲でなければなりません。言葉での支持は不可となり、捕手は手を叩くことによって投手にストライクゾーンを伝えます。多くの変化球と剛速球を武器に、晴眼の野球経験者でも三振してしまうようなボールを投げる投手がたくさんいます。
走塁も、全盲者にはランナーコーチが手を叩くことによって塁の方向を指示します。また、全盲選手がぶつかったりするのを避けるため走塁用ベースと守備用ベースが分かれています。
全盲選手が、ボールが動いている間に捕球すれば、ゴロであってもフライアウトと同じになります。このため例えば外野にゴロが転がっても、すぐにヒットと断定できません。安易に次の塁に進むと思わぬゲッツー(併殺)を喰らうことになります。
実はこのルールが、グランドソフトボールの奥深さのひとつでもあるわけです。高レベルの全盲選手がいるチームは、次々にヒット性のあたりをアウトにしてしまうため、勝利にグッと近づくわけです。
マウンドの半径1.5mの円内に送球されたときは試合停止(ボールデッド)となります。全盲選手がボールを持ったまま、どこに投げていいかわからず、その間に走者が走り放題になることを避けるためのルールです。
最後に、何より大切なのは、「静かな野球」だということです。音が頼りなので、特に全盲選手が打席に立ったときは、絶対にベンチから大きな声を出してはいけません。
ここで紹介したことは、グランドソフトボールのルールの一部にすぎません 。実際にやってみると、もっともっと奥が深く楽しい競技です。
晴眼者の方も、(アイシェードをしなくても)この競技の楽しさと奥深さを味わうことができます。さらにアイシェードをすると、今度はこの競技の難しさを知ることができます。
もちろん視覚障害者だけでなく、その他の障害をお持ちの方も楽しむことができます。みなさん、ふるってご参加ください!
弱視のバッティング
投球の様子
グランドソフトボールの歴史
グランドソフトボールが、誰によっていつ頃提案されたのかははっきりしていませんが、世界盲人百科事典によると、1933年(昭和8年)1月、横浜公園運動場で、第9回全国盲学校学生競技大会が開催されました。この大会で初めて、東京盲学校と横浜訓盲院との盲人野球試合が行われた記録があり、これがわが国における最初の対抗試合であり、また体育連盟報第4号(1935年)に「大阪府盲学校では盲人野球を創始して、盛んに試合を行い好成績を収めている」と記録されています。
そして第1回全国盲学校野球大会が、1951年大阪府立盲学校で開催されています。
このようなことから考えると、昭和の初め頃から、すでに盲学校の体育や余暇の時間の中で実施されたものと思われます。
社会福祉法人日本視覚障害者団体連合では、1971年に全国盲社会人野球大会を開催し、翌年に第2回大会、そして、その翌年(1973年)の第9回全国身体障害者スポーツ大会(千葉大会)から、盲人野球競技として組み込まれました。
1994年(平成6年)4月には盲人野球からグランドソフトボールと名称を変え、この競技のルール性からオフィシャルソフトボールに近いものと示されました。
1998年(平成10年)7月26日には、全日本グランドソフトボール連盟が結成され、翌々年の2000年10月7日~9日に第1回全日本グランドソフトボール選手権大会を連盟主催で開催され、新たなスタートが切られました。
(公益財団法人日本パラスポーツ協会へ名称変更編「競技規則の解説・昭和63年版」より引用)
ボールとバット
開会式の様子